活字中毒な日記、また現在進行中の小説(二次創作)を一部公開。
佐藤亜紀『ミノタウロス』

ミノタウロス ミノタウロス
佐藤 亜紀 (2007/05/11)
講談社
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舞台は20世紀初頭のロシア、ウクライナ地方。そこで農場の地主の次男として、貧困とは無縁に育ってきたヴァシリ・ペトローヴィチ。しかし革命により、ヴァシリはその身分を失った。そして彼は生きるためと称して、徐々に獣としての本能を剥きだしていく。

ぼくはけだものだし、それ以上のものになろうと思ったことは一度もない──『ミノタウロス』より



ある書評誌で絶賛されていただけの事はありました。海外翻訳文学のような、独特な読み応えのある文体で綴られる生々しい暴力。人の本質を問う壮絶な内容。これぞノワール。最高です。

内容は言ってみれば、ろくでなしの金持ちの息子の転落物語。その主人公ヴァシリの一人称で淡々と語られる内容は凄絶。女を犯し、人を殺し、死体を漁る……どっぷりと獣の世界に浸れること間違いなし。
でも表現や文体が文学的というか、少々難解な文章のせいか、そういった話に良くある俗っぽさは薄い。

勿論、それだけじゃない。夢だの希望だのといった言葉は、もう心の片隅にすらない主人公たち。それでもウルリヒは好きな飛行機へと情熱を抱くし、ヴァシリは取り留めのない百姓としての未来を漠然と描く。それが自分たちの夢や希望だという事にすら気付かずに……。泣けました。

人は誰しも殺人の能力があるが、故なき殺人は許されない。各々のエネルギーには使用の限界があり、いわば、この限界の発見が文化とか文明というものであって、エネルギーの発見自体は、直接それが文化や文明と呼ばれるべきものではないのである──著書の『戦争論』でそういったのは坂口安吾ですが、この本は正にそれを証明するものでした。

それは主人公ヴァシリの言葉を借りれば、彼が美しいと思うのは『単純な力が単純に行使されることであり、それが何の制約もなしに行われること』だからです。
つまり『ミノタウロス』の主人公ヴァシリは、文明文化を唾棄した「獣としての人」の本来の姿なのです。

『人間を人間の格好にさせておくものが何か、ぼくは時々考えることがあった』──これもヴァシリの言葉ですが、全篇を通して問うて来るのは、結局これかな。

久々に、読まずに死ねないと思った本でした。佐藤亜紀『ミノタウロス』、どうかそのタイトルを心に留めておいて下さい。そして機会があったら手にとって見てください。名作です。


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